「史跡 垣ノ島遺跡」は、縄文時代の早期前半から後期後半(紀元前7,000年~紀元前1,000年)のもので、およそ6,000年にわたり縄文人が定住していたことを示す集落跡です。
「垣ノ島遺跡」があるのは、函館市の南茅部地区で、「道の駅縄文ロマン 南かやべ」や「縄文文化交流センター」に隣接しています。
太平洋を望む標高32~50メートルの海岸段丘上に、約90カ所の縄文時代の遺跡が点在。
「垣ノ島遺跡」からは、縄文中期後半の大型竪穴建物跡をはじめとした各時代ごとの住居跡や、土器や石器の生活用具が見つかっています。
また、縄文早期(紀元前7000年~5000年ごろ)の墓からは、子どもの足形を押した足形付土版などの副葬品も出土されています。
国内最大級である「盛り土(もりつち)遺構」は、縄文前期末から後期初頭(紀元前3000~2000年前後)のもの。
長さ190m、幅120mほどの「コ」の字形に、三方が盛り土された遺構です。
遺構の中央には小高い丘が配され、この丘に向かって、窪地状の「接合部」とされる通路が作られています。
ここは道具や動物の魂を送る祭祀・儀礼の空間である「送り場」と考えられています。
「垣ノ島遺跡」からは、当時の高い技術や精神性を示す貴重な遺構や遺物が発見されており、2011年に国の史跡に指定。2021年7月に「北海道・北東北の縄文遺跡群」の構成資産のひとつとして、世界遺産に登録されました。
史跡 垣ノ島遺跡
所在地:北海道函館市臼尻町